1 鷹取山と磨崖仏 ~横須賀風物百選~
2021年7月。円板状半月板の損傷手術からおよそ一ヶ月、かねてからチャレンジしたいと思っていた「横須賀風物百選」の制覇に乗り出した。
どこから行こうか、またすでに行った場所はどうすんべかということも色々考えたが、ともかく、1番から行こうと決めた。番号が振ってあるわけではないが、「横須賀風物百選」の本に載っている順番(多分北から順番とかになってる)の一番初め、
鷹取山と磨崖仏
へ足を運ぶ。ちょっとしたルールを作った。この旅は息子と一緒に巡ってみることにした。息子は今3歳と8ヶ月。終わるのはいつになることやら。
さて、吉井に住む私。電動アシスト自転車に子供と二人乗り。浦賀駅の駐輪場に置き、浦賀駅から京急に乗る。追浜までそう遠くない。
鷹取山へは、追浜駅からだと30分ほどの道程となる。私たちはバスに乗って向かうことにした。
京急バス 湘南たかとり団地循環 たかとり小学校 下車。
息子、バス待ちで「うんちー!」と慌てふためくが、我慢できるというので賭けだったけどバスに乗り込んだ。
たかとり小学校へは、10分ほどで到着。もっとかかった気がしたが、とにかく到着だ。
バス停から5分くらいで鷹取山公園の入口に着いた。7月の半ば、真夏ではないが気温は最高32℃まで上がった。緩やかな坂道は、木漏れ日が揺れ、涼やかである。
手術した膝を気遣いながら登る。一歩いっぽ、旅を思い出すように歩く。術後に本格的に動くのは仕事以外では初めてだった。
だんだん、景色がよくなってくる。最後まで登った景観を想像して楽しくなってきた。
ランドマークタワーもよく見える。その左側を指さして、あのあたりに住んでいたんだよ、と、息子に教える。あまり実感がわかないようだ。
ここで息子のうんちタイム。舗装された坂を登り切った所におトイレがあった。間に合って本当に良かった。初の風物百選めぐりでいきなりのピンチだった。
ちなみに鷹取山へは、神武寺方面から登っていくルートもある。今回は膝も息子も心配なので、そもそもそっちは横須賀じゃないな、と言い訳して楽そうな方を選んだのである。
おトイレのある景色の良い広場からは、磨崖仏への道と展望台への道に分かれていた。私たちは、まず展望台を目指した。
歩いてみて驚いた。こんな岩山がいつも通り過ぎる追浜にあったなんて知らなかった。岩には穴がボツボツ空いていて、戦のあとのアンコールワットに迷い込んだような気がしなくもなくもない。
基本、息子がドンドン行く。時折こちらを振り返っては、カメラを構える私に、斜に構えたピースサインを送ってくる。
岩に足を取られながら息子は木道の階段に到達した。さらにズンズン歩いていく。
切通のような道をさらに行く。「ちょっと怖いみたいだねぇ」
「あ、何か見えてきたね」
3歳児と左膝不自由なおっさんの2人で、おトイレの広場から10分ほどで展望台まで来た。入口からだと、うんち含めても25分糞分だ。
見晴らしは相当良い。眼下に横浜横須賀道路が見えた。横須賀人なら、横横(ヨコヨコ)、というのが乙だ。15年以上前、ELT(Every Little Thing)が横須賀芸術劇場でライブをしたのを観に行った時、ギターの伊藤一朗さんが横須賀出身だということで横須賀トークをしてくれたのをふと思い出した。
横須賀の人しか知ってなさそうな言葉を言って、持田香織さんがわからなくてスネる、といった感じで「ヨコヨコ!」「?なにそれ?」「ヨコヨコって、気持ちいいよね!」「(客)喝采」「もうわかんないよ!知らない!」みたいな。
江の島と富士山の頭がちょっと見えた。江の島どこだって?
高校の頃の友達に鷹取出身の奴がいたけど、あの時鷹取山を馬鹿にしたこと謝りたい。
鷹取山の由来は、500年ほど昔、太田道灌という、徳川家康以前にこの地を治めた人が、鷹狩をしたとか、単に鷹が多いからとか、高いところという意味の「タカットー」という語があり、それが鷹取となったなど、様々な言われがある。
柔らかく加工しやすい鷹取山の岩は「鷹取石」として広く建築土木の材料として用いられ、岩が切り立っているこの独特の奇観は、その岩を切り出した際の名残なのだという。その様相が群馬の妙義山に似ていることから、鷹取山は湘南妙義と呼ばれたりもした。
そういえば横須賀市は、小栗上野介のお墓がある群馬の倉渕村(現在は高崎市と合併して倉渕町)とかつて友好都市として提携していた。松井田の妙義山は倉渕からもほど近い。
展望台で息子はお茶を飲み、おやつを食べ(お昼ご飯の時間なんだけど…)、元来た道を戻る。戻りもなかなかいい風景だ。
神武寺方面から来たらしい人たちは、割と本格的なトレッキングの服装をしている。
今度は磨崖仏を目指す。展望台方面は明るかったが、磨崖仏への道は鬱蒼と茂った森の中で、ちょっとした秘境感を味わえる。
切り立った岩のボコボコ穴は登山練習のために穿たれたハーケンの跡ということだ。
そして、割と突然に、磨崖仏が現れる。息子ちょっと引く。ちょっと仏さまの方に行って!写真撮ってあげる。と言っても怖いらしく行かない。三脚を出して2人でチーズ!
それにしてもここはどこだ。チベットの山奥か?いや、追浜の鷹取山だ。
磨崖仏は、弥勒菩薩尊像で、昭和40年頃に横須賀市在住の藤島茂(1914~1990)氏が制作したものである。
磨崖仏を眺めながら少しの休息をとり、横からその先へ進む。このまま公園内から出て、バス停に戻ることができる。
鷹取山と磨崖仏。
横須賀風物百選の1番目は、鷹取山という、人間にとって手に届きやすく、その恩恵をふんだんに受けた稀有な山だった。奇岩奇勝の由来は徹頭徹尾、人にあり、それも明治から昭和にかけての時代で作り上げられた、一種の彫刻品と言える。
ハーケンの跡さえ神秘。昭和の彫刻の山は、平成、令和の時代を経て、苔むし草木はさらに茂り、その神秘性に拍車をかけている。
こうして
横須賀風物百選めぐりは始まったのである。
膝の疲労感よ。
※参考文献
「横須賀風物百選」
鷹取山にある説明看板
横須賀市のホームページ