浦賀人が、吉井に棲む。

神奈川県横須賀市!ペリー来航の地より。

はじめて野菜を育ててみる ①種まき

家庭菜園元日☆

新生活も少しずつ軌道に乗りつつあり、壁の異音(その内書くかも)は何とか解決?遅れに遅れているカーテンもいよいよ見積もり段階。

 

先日の楽天スーパーセールで購入しておいた、エコポットを鉢に使う野菜の栽培キットをついに解禁!

お値段はけっこうしちゃったんだけど、初めてだし続かないかもしれないので、このECOTという、埋めておけば土に還る感じが気に入って(鉢だけ残ってどうしようってならない)これにしてみました。楽天段ボール箱を開けてみると…

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左がラディッシュ、右が青ジソ。鉢は4号、高さ・内径12㎝

手のひら+αくらいの大きさの鉢が二つ。この中に土も種も入っている。3個セットもあって、そっちも悩んだけど、多すぎて手が回らないと困る(弱気)ので、ひとまず2個。これを何とか育てていきたいと思う!!のです。 

 

おっと、土が少しこぼれているぞ。外でやらないと嫁さんに怒られる(^^;)

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ECOT。思いのほか小さい。

梅雨の晴れ間がギラギラ突き刺す昼下がり、玄関から外に出るとまぶしくて視界が真っ白になる。立ち眩みがしそうだ。実際ちょっと体力と血液が足りてない説もあり、リハビリ中なのでしゃがんだりするの結構億劫(その内書くかも)。ひとまず説明書を出して読んでみる。

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説明書はラディッシュも青ジソも共通。なぜか文字色だけ違った。

何だかよくわからない薄い丸い紙が折られて入っていた。なんだろうと取説読んでいると、ふわっと風が吹いてきて・・・あわや。気を付けろ。飛ばされたら取りに行くの怠いぞ。薄い丸い折られた紙は、鉢底に敷くシートだった。これで土が流出しにくいとか、そういう機能なんだろう。

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気の利いたものがあるんだね!

次に培養土を入れる。土はふかふかなので、風には十分注意して、慎重に入れる。

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感触もふわっとしている。風はホントに注意。

ごく小さいつむじ風がふっと吹いて、クルクルっと培養土が少し舞う。ヤバ。急ぎ、次の工程に移る必要があるようだ。

 

ゆっくりと水を注ぎ、土全体を割り箸などで混ぜて湿らせます。

マニュアル通りです。いらない。オリジナリティなんて、そんなレベルじゃないだろう。我が社の製造現場でもよく飛び交う言葉である。

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ジョーロはやはり必要だった。

一気に注ぎ込もうとすると、土が浮いてきてこぼれそうなので、これも注意点だ。やさーしく注ぎ、大体1Lのジョーロに満載していた水を半分、つまり500mlくらい使って2つの鉢の土を湿らせた(取説には量に関する言及は無かった)。

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割り箸などでまぜまぜして中の中まで湿らせよう。

そしたらいよいよ種まきだ。ラディッシュは6~8粒。青ジソは約20粒の種が入っている。ラディッシュはともかく、青ジソはもっと入っていたような感じ。青ジソは種が小さく、数も多いので、、、そう。風に飛ばされないように注意だ。もちろん、ビニル袋も小さく飛ばされやすいので気を付けろ。

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ラディッシュの種。青ジソの種は必死だったので写真撮り忘れた。

改めて写真で見ると、ラディッシュも多めに入っていたことがわかる。数に関しては、気にせず鉢に投入することにした。いけるでしょ!種と種が重ならないようにバラまきをする。多分、ちゃんと並べたりしないで蒔くって事なんだろうと勝手に解釈した。

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どれが種かわかるかな?

最後に、まわりの土を薄くかぶせて、本日の作業はおしまい。日当たりが良く(半日以上とのこと)、風通しのいい場所に置く。風通しに関しては、うちは良すぎるくらいなので、かえって飛ばされないようにちょっと配慮した。

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とりあえず表札の下。

ラディッシュは1ヶ月~1ヶ月半青ジソは1ヶ月半くらいで収穫になるとのこと。楽しみかつ、責任重大だあ。

 

「GODZILLA 怪獣黙示録」読書感想文

カタルシス・・・からの…

シン・ゴジラからこっち、「ゴジラ」そのもののありようも変化したような気がしている。そこを語り始めると相当長ったらしくなるのでやめておく。

 

最近、シンゴジの翌年に公開されたアニメのGODZILLA三部作に、前日譚の小説があることを何かで知り、通勤電車でぶらぶら揺られながら読んでみた。

最恐のゴジラ登場!

アニゴジ映画三部作の一作目、「GODZILLA 怪獣惑星」では、あまりに最強最恐なゴジラに度肝を抜かれたもんだけど、そんなゴジラが登場する前後のおはなし。

 

色んな怪獣が出てくるのも楽しく、あちこちに東宝特撮シリーズへのオマージュ(マニアック度高い)が散りばめられていて、知っている人はニヤニヤしちゃうけど、別に知らなくても文章的に全く問題ないので、老若男女が楽しめる一冊となっている。

 

読んでみると、怪獣の強さっぷりに打ちのめされていく人類が、何ならカタルシスを覚えちゃうくらい爽快に敗れまくっていくんだけど、章を追うごとに自分自身がその絶望の渦に飲み込まれていくような変な没入感が生まれてきて、自分がこの物語の中にいたらやだなー。という、ど面白くもない感想を持つに至るのであった。

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GODZILLA 怪獣黙示録」。ここでのゴジラはチート級の強さ。

「黙示録」とは新訳聖書の最後に載っている、世界の終末を預言する部分なんだけど、まさにこの書は「怪獣黙示録」そのもの。ただし、そこで語られる人間模様は一様ではなく、滅びゆく黄昏の秋を迎えてなお、人とは何をもって人たらしめるのか、ということを、絶望の淵に立たされるからこそ考えさせてくれる。

 

人とは、人間とは、生きるとは、国とは、国家とは。そんなことも考えながら読んでみると、ゴジラファンならずとも、随分と楽しめる一冊なんじゃないかな、と思う。

電子書籍も。

(使った事ないけど)

 

花を育ててみる カリブラコア

新居あるあるの定番?

引っ越して、今までやろうとも思わなかったことを始めてみたくなった。

 

お花の水やり。

 

イトコで花屋のりーまーちゃんに、引っ越し祝いに手頃なお花を見繕ってもらった。それが、カリブラコアとゆー、聞いたことないお花で、黄色と桃色をくれた。南アメリカが原産で、開花期が長い、初心者でも育てやすい、と、ネットで検索したら書いてあった。

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カリブラコア。聞いたこともなかった。。

天気の良い日はお外で、雨風強い日はお家に。ジョーロはないので、それっぽいやつを使って水やり。そうして、カリブラコアはみるみるうちに

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ソーラーライトまで調子に乗って導入…

アブラムシの巣窟と化し(画像は自粛)、ほとんどお花がなくなってしまいました(悲)

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ないごてー!!

ケーヨーデイツーでジョーロを買ってきて、水やりを増やしまして、あと甘やかさない方が良いとアドバイスをもらい、常時外へ。

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少しづつ愛着もわいてきたようです。がんばれー

こんなプランターももらい、おしゃれ度が増し、お花も少し戻ってきました(喜)。黄色も、桃色も、同じようにしていたのに、桃色のほうが盛大にお花が減ってしまった。アブラムシは、どうやら黄色い花に付く習性があるらしい。

 

1/3くらい剪定(?)したほうがいい様なこともイトコで花屋のりーまーちゃんから聞いた気もするので、今度やってみようかな。

 

旅について、旅行について。

かくて旅と出会いし20代のころ

高校から社会人になってから何年間か、本を読んで過ごす時間が多かった。司馬遼太郎歴史小説を読み、遠い場所と遠い歴史のかなたの出来事に思いをはせる日々だった。

 

旅に出るには、勇気が足りなかったんだと思う。旅に出たのは、旅にでも出ないとやってられない、という、若かりし苦悶の時間から、逃げるように、また押し出されるようにして、旅に活路を求めたのであった。

 

自分の力のなさと、思い上がりの果ての赤っ恥。もう恥ずかしくてみっともなくて、どこか果てしなく遠い誰にも見つからない場所に遁走したい気分だった。

 

まずはそんな所から、旅というのが始まったのは、皮肉というべきか、結果として、大きな人生の転換点になったんだなぁ、と、ここ10年くらいずっと実感し続けている。

 

47都道府県をひとまず全部まわるまで、2008年から2011年。3年間だった。日本という国は、海は広く山は深く、空は色彩豊かで、四季があるため同じ場所でも季節によって全く違う顔色をして出迎えてくれる。

 

出雲、という大好きな土地がある。島根県のことだけど、ここほんと、雲が綺麗な土地なんですよ。

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2009年秋。浦賀人旅部と。雲と宍道湖に感動

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2012年夏。親父と二人旅。暑い夏だった。

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2012年夏。出雲の雲やべーよ。

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2019年初初夏。家族三人で。もはや雲を観に来ている。

今パッと思いつきで出雲の雲を出してみたけど、この場所のここが良いな!ってとこがかならずどっかにあって、何度でも同じ場所行きたいし、行けば必ずその度に新しい発見もあり、生きている限り、回遊魚のようにぐるぐると日本を旅してまわり続けるんだろうな。わし。

 

最後に、旅と旅行の違いについて。

 

ないと思う。どっちでもいいと思う。

 

なんとなく、下記の如くしている。また、気分によってしていない。

  1. 一人でがつがつ好き勝手巡るのを旅。
  2. 家族とかと、ことこと楽しく巡るのを旅行。
  3. 友達と、ゴリゴリ巡るのを旅、ときどき旅行。

旅は、人生にとって大きなエッセンスになった。難しいことは良い。とにかく、楽しくて楽しくてしかたない!!

根室行きたいんだわ。最近。

 

LINEトラベルjp「浦賀 太一郎」という人

キュレーションメディアとの出会い

「しったかぶりの日本歴史旅(前の記事参照)」とゆーブログを書いていたら、「たびねす(今は名前違う)」なる、旅行のキュレーションメディアからお誘いがあって、そこで100ちょいの記事を寄稿した(している)。

www.travel.co.jp

 しったかブログでは、好き勝手に自分の書きたいことをだーーーーーって書いて疲労感という不可思議な快感を貪っていたけど、こちらでは、読み手のことを常に念頭に置いて記事を制作せねばならず、「第三者の目を通す」、「ほかの誰かの目を意識して書く」という、それまでまーーーったく気にしたことないことを気に掛けることが必要になった。

 

このことは、すごく良い意味で「不自由」な記事を書くことができた。皮肉でもなんでもなくて(ほんとだよ)、同じく記事を寄稿する方たちとの絶望的な表現力や写真撮影能力の差を思い知らされたことをはじめ、色々な制限を気にしながら書くことで、今までと違う視点や方法で旅をしたり、文章を書く機会を得て、凄く勉強になりました(これもまだ終わってないけど)。

 

ここで登場するライターさんが、浦賀 太一郎さんなんですね。わたしです。「浦賀」というのは、やはり幼少から馴染んだ土地なので、どうしても意識の中に居続けていて、地元の仲間で旅に行くグループ名を「浦賀人旅部」としてみたり、旅先で土地の人にどこから来たかと尋ねられ、横浜に住んでいる時代でも「横浜の下にある横須賀っていう市の、浦賀ってとこです!」ペリーのきたところ!!なーんて自己紹介をしたりしたものです。

 

そんな感じなので、このブログが順調に進めば、旅行、旅について語る場面もたくさん出てくるのではないかと思います。

 

「しったかぶりの日本歴史旅」について

私のブログのものがたり

自分のブログ変遷について、最初のうちに触れておきたい。

2011年11月。最初のブログを開設。
rekishitabi.blog.fc2.com

 ご存じ(知るか!)、「しったかぶりの日本歴史旅 と、もろもろ」だ。

 

 このブログでは、楽しい旅行の記事を800くらい書いたが、結婚してややペースダウンし、その後浮上しかけた。子供が生まれてからはほとんど数記事しか書けておらず、意地でも終わったと言いたくはないが、まずは不定期掲載か、休止中といった感じである。

 

我ながら、旅行をしながら巡り合った歴史や城なんかを書かせると、途方もない分量を自分なりに考証や考察を交えたり、間違ったこと書きたくないのでじっくり調べたりしてやるもんだから、ものすごい時間がかかる!

 

そう、子供がいたりしたら、絶対無理。むりむり!!

 

その間、別のブログを二つばかり試しに開設してみたけれど、方向性がわからんくなって、頓挫また頓挫(このブログは、方向性はともかく、頓挫にならないようにしたい)。新居が決まって、新生活が始まって、心機一転、ゆるめに書いてみようと始めたのが、このブログだったというわけなんです。

 

もうね、よくわからない自分への意地みたいのはひとまずお休みにして、書きたいことを時間のある時に書くことにした。写真も無理に入れるのやーめた。

 

 歴史!とか、城!とか、大上段に構えた内容を纏うことが時間的に重たくなって、ちょっと脱いで干しておくことにした。それでも、文章を書くことは続けたいなと思ったのが自分には意外で、そっか、俺、文章書くのが好きだったのか、と、どシンプルな結論に至りかけている。

 

だったら、身近な自分の住む町のこととか、のっぺりと書いていっても、随分楽しいのではないかと感じているのでございます。

 

吉井について、最初の所感

神奈川県横須賀市「吉井」って何だ?

浦賀に出戻って一ヶ月。住所が吉井だったことはすでに述べた。そもそも、浦賀に住んでいた時代、吉井という土地の名前は当然知ってはいた。ザリガニを獲りに行くなら吉井だったし、ぎっくり腰を治してもらったクリニックも吉井だった。

 

ただし、何となく浦賀と(勝手に)比べて、市工(旧横須賀市立工業高校)に行くのにママチャリで通り過ぎるだけの場所だったし、実感としては、「なんだかよくわからない範囲」って感じだった。実態としても、長く生活圏の後ろ側に存在した、やっぱり「ザリガニを獲ったよくわからない範囲」だった。

 

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吉井を眺め晴らす。右端の亀の甲羅みたいなのが安房口神社

 自分の住んでいる吉井は、浦賀と境を接する場所で、まぁ言ってみればほとんど浦賀なんだけど、やっぱり吉井なんですね。これはアイデンティティの問題なので、ここで暮らしていくにあたり、はやいとこケリをつけておきたい。

 

吉井のくせに浦賀に住んでいるという、千葉なのに東京ドイツ村、みたいな問題の、ただでさえどうでもいいのに、更にものすごく矮小な、それでいて確かに存在する自任の問題なのである。

 

決めた。

吉井について知ろう。

 

そんなこんなで、吉井を少し歩いてみたのである。